→ 日文版本(日本語バージョン)

此系列記錄的是「青年百億海外圓夢基金計畫」的親歷過程,而非申請流程的攻略或指南。

前一晚的 UNO 與真心話大冒險,一路玩到了深夜。即使如此,隔天早上起床的時間依舊毫不留情地到來。

不記得是七點還是八點,眾人拖著還未完全清醒的身體,陸續走進榻榻米的用餐間。昨晚還吵得像高中畢業旅行的一群人,此時卻意外安靜,房間裡只剩下筷子碰上碗緣、味噌湯碗被輕輕放回桌面的聲音。每個人都低頭吃著早餐,眼神多少仍留了一半在夢裡。

這群人的表情明顯就是根本沒睡醒

吃完早餐,各自回房間收拾今天要帶的東西。九點十分,我們再次於大廳集合。

前幾天的行程大多圍繞著農業、溫泉與地方交流。巴士離開飯坂後,車窗外的果園與溫泉街逐漸遠去,一棟線條俐落的新工廠出現在車窗外的風景裡。

這是我們來到福島後第一次的企業參訪,東北日東工器株式會社。


東北日東工器製作各種機械工具,如電動螺絲起子、機械手臂,以及建築機器等等產品。

合照,據說外觀設計是隈研吾

我們來到位於福島市大笹生的新工廠。這座工廠於 2025 年才正式開始運作。原先位於山形的メドテック與福島白河的白河日東工器合併後,將兩邊生產機能一併整合到福島市。從材料採購、零件加工到組裝,工廠內建立起一貫的生產體系,也導入自動倉庫、無人搬運車與五軸加工機等設備。

比起昨天的福島,是蘋果、桃子與溫泉蒸氣,今天早上的福島有著完全不同的聲音。

整條產線各自運轉,動作卻又彼此銜接。金屬零件沿著產線移動,機械手臂反覆伸出、轉動;各個金屬也依序在加工、組裝與檢查之後,送往了下一個位置。

機械手臂。啊我的帽子是在戴什麼

而在機械體驗區,許多設計也令我覺得很有趣。設備的內部結構看來精密,動手操作時卻十分直覺。除了機械本身如何運作,也處處考慮著使用者,思考著如何讓人更方便地完成動作。

電動螺絲起子 非常好用 抽一個人買來送我

然而,參訪中最讓我印象深刻的,卻不是哪一台機器的設計。

有人問到,兩間工廠整併與搬遷到福島市的過程中,最困難的問題是什麼。而得到的答案是:

「人。」

不同於機械可以拆下、裝箱,並在新的工廠重新安裝,像是用滑鼠在配置圖上,從 A 拖曳至 B 點。過去的員工,有人原本住在山形,有人已在白河工作多年。工廠改變位置後,一個人的通勤時間、家人的工作、孩子的學校,以及每天起床後前往工作的方向便也跟著改變。

走進一座充滿自動化設備的工廠,自然地會將注意力都放在「機器可以代替人完成哪些事情」。然而,真正讓工廠難以搬動的,卻依然是人。

或許也正因如此,當我問了一個近乎是職業病的問題,迅速發展的 AI 對製造業帶來了什麼樣的改變,得到的答案並非直接跳至「無人工廠」這一類遙遠的未來。

目前實際的應用,是透過影像辨識選出正確的零件、找出產品瑕疵;另一方面,生成式 AI 也能協助開發工廠內部使用的小型程式與工具,逐步改善工廠流程與自動化。

而為了更進一步在 AI 時代擴展其優勢,他們正在收集資料,把生產紀錄、排程等資料保存下來,未來將其用作生產規劃與商業判斷。

與今日相比,前一天,我們聽著吾妻先生,修剪時想著兩三年後尚未長出的枝條;今天站在工廠裡,看著人們收集現在的資料,準備著面對一個不知道會變成何種樣子的 AI 時代。

這兩件事情也沒有原來想像中,如此的不同啊。


離開工廠後,巴士沿著山路繼續前進,來到了土湯溫泉。

在這裡,讓我第一次知道,原來溫泉除了可以療癒身心,還能夠拿來發電。

我們參觀的是「土湯溫泉 16 號雙循環發電廠(土湯温泉16号源泉バイナリー発電所)」。這座發電所沒有為了發電而另外鑽掘地熱井,也保留原本溫泉街泡湯用的泉源。源泉湧出的高溫熱水與蒸氣,先加熱另一種沸點較低的媒介,使其蒸發,再利用產生的蒸氣帶動發電機,兩種流體各自循環,因此被稱為雙循環發電廠。

土湯温泉16号源泉バイナリー発電所本人。圖片來源:https://www.f-kankou.jp/experience/25242

在東日本大地震之後,土湯溫泉的建築與旅館受損,觀光客也大幅減少,許多當地的旅館因此休業。當地人思考如何利用在地資源重新發展經濟,而其中最為重要的,就是一直在大家腳底下的溫泉。

他們將電力全部售給東北電力公司,並將淨利潤全部直接用於振興土湯溫泉町。如:老人福利、觀光發展、育兒教育等。

而發電系統使用過的溫水與冷卻水,被再次拿去製作適合養殖的水環境,用於養殖淡水長臂大蝦(オニテナガエビ)。

地質中冒出的溫泉,先用於發電,降至適合的溫度成為在地溫泉旅館的給湯,而冷卻水則用來養殖大蝦。將地底下湧出來的熱水,一層一層利用到幾乎沒有浪費的餘地。(台灣勞工 be like)

站在養殖缸旁的眾人,沒有人在討論如此美妙的循環經濟,只是嘴上說著「感覺很好吃」。討論著將這個地方創生的成果吃掉,著實有些過分了。雖然我也是說看起來很好吃的其中一人…

土湯最具代表性的溫泉,在震災之後仍依舊從地下不停地湧出。當地的人們重新看向自己擁有的東西,將原本只是地方特色的一部分,一層層地延伸出了新的用途。

那從地底不斷湧出的熱氣,如同當地人們在震災後仍未冷卻的內心。震災留下了傷痕,日子卻仍在土湯的韌性之下,在這片土地上不斷生長。


參觀完看起來十分美味的大蝦,我們前往土湯溫泉觀光交流中心,準備體驗木芥子彩繪。

土湯溫泉,與鳴子、遠刈田並列為傳統木芥子的重要產地,木頭經過削切、研磨,再由職人一筆一筆畫上臉與花紋,最後變成我們在店裡看到的一尊尊人偶。

只是到了我們手上以後,傳統究竟還剩下多少,就很難說了。

前幾天畫赤べこ時,就已經證明,這群人只要拿到一個可以自由上色的東西,便會迅速放棄所有傳統圖樣,開始各自發揮創意。

大家拿起木芥子與色筆,開始進入大家展現個人藝術才華的時間…除了我,我就負責欣賞大家的才華吧。

左到右。Hakui、班長、Riki (Sylvia就這樣不見了)
左到右。Sara、Ame、店長、我
我

看著整面牆壁的木芥子,有人馬上想到了《要聽神明的話》的劇情,瞬間覺得原本笑得很溫和的人偶變得有些恐怖。

於是接下來再看桌上的木芥子,似乎真的開始有哪裡不太對勁。

整面牆都是木芥子

彩繪完木芥子的我們,和水蜜桃女孩一起走進土湯溫泉街。

這合照為什麼是第三視角

比起前一天大雨中的飯坂,土湯溫泉街給人的感覺又稍微不同。一群人走走停停,看見當地的小吃就買一些,看到伴手禮店便鑽進去逛,誠實地用錢包認識這個地方。而到了這時,大家與水蜜桃女孩也已經熟了不少。

Sora 玩水(X) 泡湯(O)

從前一天起,我們團中的 Hakui 獲得了新綽號「水蜜桃男孩(ももむすこ)」,既然有水蜜桃女孩,有水蜜桃男孩聽起來似乎也有那麼一點合理性。

「Hakui」雖為男生,卻擁有我們整團最豐富的美妝與美髮知識,做為一個小學三年級就認識他的人,親眼看著他一路完成所謂的「垢抜け」,這個「水蜜桃男孩」的稱號絕不會過譽。

他在這次研修的一個月前,畢業於日本文科巔峰的一橋大學,並且也是從高中一路參加交流活動至今的夥伴。我們從高中起便一起參加台日交流,也曾走進同為災害地的南三陸。這些種種也成了他來到這趟研修的理由。

Hakui 想跟大家說的一句話:在靠裝勇者一起玩吧!好友代碼:RwL9ASu1jjRTtN5wsCuEC1op2Mq2

「水蜜桃男孩」當然只是我們擅自替他套上的綽號。從地方宣傳的角度來看,應該不能算是有益的發展。不過我們一路買東西、吃東西、拍照、開一些莫名其妙的玩笑,回頭想想,這些瑣碎小事,卻幫我們完成了「留下記憶」這個簡單卻重要的任務。

很少有人會因為看完一張地方振興的簡報,十年後仍然記得其中第三頁的統計圖。卻有可能會記得某間店裡吃到的東西、畫得很醜的木芥子(我),或者某個長得很帥的同行者被大家叫做「水蜜桃男孩」。


傍晚,我們回到福島市民中心,由 JICE 東北支所的 YSD さん負責安排。眾人將暫時分開,各自前往不同的當地家庭,體驗一個晚上的寄宿家庭。

YSD さん與寄宿家庭傳達事項。我是最後一位被認領走的。

前幾天晚上,JICE 曾經讓我們填過一份問卷,其中問到:「有沒有特別想在寄宿家庭體驗的事情?」

過去參加交流活動時,我已經住過幾次日本的寄宿家庭,寄宿家庭於我也不再只是「住進日本人的家」這麼新鮮的經驗,因此我寫了「想要體驗普通的日本家庭真正的一晚。」

現在回頭看,反而有些不好意思。當有個外國人特地想來看自己「普通地生活」,原本的普通大概就很難繼續普通。所謂什麼都不用特別做,對接待的人而言,可能才是最麻煩的要求。

接待我的是一對夫婦,以及他們正在東京念大學的兒子。為了這次寄宿,兒子還特別從東京回來福島。光是這件事情,就已經讓我覺得自己當初在問卷上寫「普通的一晚」,實在有夠厚臉皮。

晚餐吃的是大阪燒。鐵板發出細碎的油聲,麵糊慢慢定型,醬汁塗上去後變成深褐色,餐桌上的話題也漸漸展開。

原以為會與過去的寄宿家庭一樣,安安靜靜的回答問題。然而,那天晚上卻意外熱絡,口中冒出一種自己平常很少聽見的興奮語氣,不斷與彼此分享故事。另外,也和他們的兒子聊到,我們都喜歡看《紫羅蘭永恆花園》,並且也都有玩過《魔物獵人》。

Home媽與他們的兒子

另外,與過去認識到的日本人都不同,他們一家對時事很有興趣。吃完晚餐後,我們從台灣與日本的生活聊到兩岸關係、台灣的政黨,再一路聊到台日面對政治與社會議題時的不同看法。

大約晚上九點多,原本還討論著要不要出去做些什麼。他們半開玩笑地說,福島晚上好像也沒有什麼地方可以帶我去,能去的大概就是喝酒的地方,偏偏我不能喝酒…

於是最後大家哪裡也沒有去,就四個人留在家裡繼續聊天。他們兒子似乎因此有些失望,也有些不好意思,不斷說著「真的什麼都沒有做呢」。

可是對我來說,卻是剛好,因為幾天前,我在問卷上寫下的就是:「想體驗日本人真正普通的一晚。」

我想看的那份「普通」,或許本身就是這趟福島旅程裡,很重要的一部分。

災難曾經讓這個地方變得特殊,而我們真正帶回去的,卻漸漸都是一些再普通不過的事情。

也許,當一個地方重新能被人記住它的日常,那本身就是某種復興。


日本語バージョン

本シリーズは「青年百億海外円夢基金計画」の実体験を綴ったものであり、申請手続きの攻略や指南ではありません。

このシリーズの日本語版は、すべてAIによる翻訳です(なにしろ筆者の日本語が壊滅的なので)。

前の晩のUNOと真実か挑戦かは、夜更けまで続きました。それでも翌朝の起床時間は、容赦なくやってきます。

七時だったか八時だったかは覚えていません。みんなまだ目の覚めきらない体を引きずるようにして、畳の食事処へ次々と入っていきました。昨夜は高校の卒業旅行のように騒いでいた一行が、このときは意外なほど静かで、部屋に聞こえるのは、箸が茶碗の縁に当たる音と、味噌汁のお椀がそっとテーブルに戻される音だけ。誰もがうつむいて朝ごはんを食べ、その目はまだ、どこか半分夢のなかに残ったままでした。

この人たちの顔、どう見てもまったく起きていません

朝食を終えると、それぞれ部屋に戻って今日の持ち物を支度し、九時十分、ふたたびロビーに集合しました。

ここ数日の行程は、農業や温泉、地域との交流が中心でした。バスが飯坂を離れると、窓の外の果樹園や温泉街は少しずつ遠ざかり、やがて、すっきりとした線を持つ新しい工場が車窓の風景に現れました。

福島に来て初めての企業訪問、東北日東工器株式会社です。


東北日東工器は、電動ドライバーやロボットアーム、建築用の機械など、さまざまな機械工具を製造しています。

集合写真。外観のデザインは隈研吾だそうです

私たちが訪れたのは、福島市大笹生にある新工場です。この工場は2025年に本格稼働したばかり。もともと山形にあったメドテックと、福島・白河の白河日東工器が合併し、両社の生産機能を福島市にまとめました。材料の調達から部品加工、組み立てまで、工場内に一貫した生産体制が築かれ、自動倉庫や無人搬送車、五軸加工機といった設備も導入されています。

昨日の福島が、りんごと桃と温泉の湯気だったとすれば、今朝の福島には、まったく違う音がありました。

ライン全体はそれぞれに動いていながら、その動きは互いにつながっています。金属部品がラインに沿って移動し、ロボットアームが伸びては回り、また伸びる。金属はひとつずつ、加工、組み立て、検査を経て、次の場所へと送られていきました。

ロボットアーム。それより、私のこの帽子のかぶり方は何なんでしょう

機械の体験コーナーでも、面白いと感じる工夫がたくさんありました。内部の構造はいかにも精密そうなのに、実際に手で操作してみると、とても直感的です。機械そのものがどう動くかだけでなく、使う人のことがあちこちで考えられていて、どうすれば人がもっと楽に作業を終えられるかが追求されていました。

電動ドライバー、すごく使いやすい。抽選で一名様、買って私にプレゼントしてください

けれど、見学のなかでいちばん心に残ったのは、どの機械の設計でもありませんでした。

誰かが、二つの工場を統合して福島市へ移転する過程で、いちばん難しかった問題は何かと尋ねました。返ってきた答えは、

「人です。」

機械なら、取り外して箱に詰め、新しい工場で据え付け直すことができます。配置図の上で、マウスでA地点からB地点へドラッグするように。けれど以前からの従業員には、もともと山形に住んでいた人もいれば、白河で長年働いてきた人もいます。工場の場所が変われば、その人の通勤時間も、家族の仕事も、子どもの学校も、そして毎朝起きてから仕事へ向かう方角も、一緒に変わってしまうのです。

自動化設備であふれた工場に足を踏み入れると、自然と「機械が人の代わりに何をできるか」にばかり目が向きます。けれど、工場を本当に動かしにくくしていたのは、やはり人でした。

だからこそなのかもしれません。ほとんど職業病のような質問、急速に発展するAIが製造業にどんな変化をもたらしたのかを私が尋ねたとき、返ってきた答えは、「無人工場」のような遠い未来へ一足飛びに向かうものではありませんでした。

現在実際に使われているのは、画像認識で正しい部品を選び出したり、製品の欠陥を見つけたりすること。また一方では、生成AIが工場内で使う小さなプログラムやツールの開発を手助けし、工場の工程や自動化を少しずつ改善しているそうです。

そして、AI時代にさらに強みを広げていくために、彼らはいまデータを集めています。生産記録やスケジュールといったデータを蓄積し、将来は生産計画や経営判断に活かしていくのだそうです。

前日、私たちは吾妻さんから、剪定のときには二、三年後にまだ生えてもいない枝のことを考えるのだと聞きました。そして今日は工場に立ち、人々がいまのデータを集め、どんな姿になるかもわからないAI時代に備えているのを見ています。

この二つのことは、思っていたほど違うものではなかったのですね。


工場をあとにすると、バスは山道をさらに進み、土湯温泉に着きました。

ここで私は初めて知りました。温泉は心と体を癒やすだけでなく、発電にも使えるのだということを。

私たちが見学したのは「土湯温泉16号源泉バイナリー発電所」です。この発電所は、発電のために新たに地熱井を掘ることはせず、温泉街で湯として使われてきた源泉もそのまま残しています。源泉から湧き出る高温の熱水と蒸気で、まず沸点の低い別の媒体を温めて蒸発させ、その蒸気で発電機を回します。二つの流体がそれぞれ循環するため、「バイナリー」発電所と呼ばれています。

土湯温泉16号源泉バイナリー発電所ご本人。画像出典:https://www.f-kankou.jp/experience/25242

東日本大震災のあと、土湯温泉では建物や旅館が被害を受け、観光客も大きく減り、多くの旅館が休業することになりました。地元の人たちは、地域の資源を使ってどう経済を立て直すかを考えました。そのなかでいちばん大切だったのが、ずっとみんなの足もとにあった温泉です。

発電した電力はすべて東北電力に売り、純利益はそのまま土湯温泉町の振興に充てています。たとえば高齢者福祉、観光振興、子育てや教育などです。

さらに、発電システムで使い終えた温水と冷却水は、もう一度、養殖に適した水環境づくりに使われ、淡水の大型エビ、オニテナガエビの養殖に役立てられています。

地中から湧き出た温泉は、まず発電に使われ、ちょうどいい温度まで下がると地元の温泉旅館へ給湯され、冷却水はエビの養殖に回されます。地の底から湧いてきた熱い湯を、一段ずつ、ほとんど無駄の入りこむ余地がないほど使い尽くしているのです。(台湾の社畜 be like)

養殖槽のそばに立つ一同のなかで、この見事な循環経済について語る人は一人もおらず、口々に「おいしそう」と言うばかり。地方創生の成果を食べる話をしているのですから、なかなかひどいものです。とはいえ、私も「おいしそう」と言った一人なのですが……

土湯を代表する温泉は、震災のあとも変わらず、地の底から絶えず湧き出していました。地元の人たちは自分たちが持っているものをあらためて見つめ直し、もともとは地域の特色の一部にすぎなかったものから、新しい使い道を一段ずつ広げていったのです。

地の底から絶えず湧き上がるその熱気は、震災のあとも冷めることのなかった、この土地の人たちの心のようでした。震災は傷あとを残しましたが、日々の暮らしは土湯のしなやかな強さのもとで、この土地の上で育ち続けています。


とてもおいしそうなエビを見学し終えると、私たちは土湯温泉観光交流センターへ向かい、こけしの絵付けを体験することになりました。

土湯温泉は、鳴子、遠刈田と並ぶ伝統こけしの重要な産地です。木を削り、磨き、職人が一筆ずつ顔や模様を描き入れて、ようやく私たちがお店で目にする一体一体の人形になります。

ただ、私たちの手に渡ったあと、伝統がどれほど残るのかは、なんとも言えません。

数日前に赤べこの絵付けをしたとき、すでに証明済みです。この人たちは、自由に色を塗れるものを渡されると、たちまち伝統の図柄をすべて放り出し、それぞれ好き勝手に創意を発揮しはじめるのです。

みんなこけしとペンを手に取り、それぞれの芸術的才能を披露する時間が始まりました……私を除いて。私はみんなの才能を鑑賞する係を務めることにします。

左から、Hakui、班長、Riki(Sylviaはこうしていなくなりました)
左から、Sara、Ame、店長、私
私

壁一面のこけしを見て、誰かがすぐに『神さまの言うとおり』のストーリーを思い出しました。その瞬間、穏やかに微笑んでいたはずの人形たちが、少し怖く見えてきます。

そうなると、あらためて机の上のこけしを見ても、なんだか本当にどこかおかしい気がしてきました。

壁一面のこけし

こけしの絵付けを終えた私たちは、もも娘と一緒に土湯温泉街へ入っていきました。

この集合写真、なんで三人称視点なんでしょう

前日の大雨のなかの飯坂とは、土湯の温泉街はまた少し違った雰囲気でした。一行は歩いては立ち止まり、地元の食べ物を見つければ少し買い、お土産屋を見つければもぐりこみ、正直に財布でこの土地を知っていきます。このころには、みんなもも娘ともずいぶん打ち解けていました。

Sora 水遊び(X) 温泉(O)

前日から、私たちの団のHakuiには「もも息子(ももむすこ)」という新しいあだ名がついていました。もも娘がいるのなら、もも息子がいても、なんとなく筋が通っている気がします。

Hakuiは男子でありながら、メイクとヘアについては団のなかで誰よりも詳しい人です。小学三年生のころから彼を知っていて、いわゆる「垢抜け」を遂げていく姿をこの目で見てきた者として言わせてもらえば、「もも息子」の称号は決して過大評価ではありません。

彼はこの研修の一か月前に、日本の文系の最高峰である一橋大学を卒業しました。高校時代からずっと交流活動に参加してきた仲間でもあります。私たちは高校のころから一緒に台日交流に参加し、同じく被災地である南三陸を訪れたこともあります。そうしたあれこれが、彼がこの研修に来た理由にもなりました。

「もも息子」はもちろん、私たちが勝手に彼にかぶせたあだ名にすぎません。地域PRの観点から見れば、有益な展開とは言えないでしょう。それでも、道すがら買い物をして、食べて、写真を撮って、よくわからない冗談を言い合って。振り返ってみると、そういう細々としたことが、「記憶を残す」という、単純だけれど大切な任務を果たしてくれていたのです。

地域振興のプレゼン資料を見て、十年後もその三ページ目のグラフを覚えている人は、ほとんどいないでしょう。けれど、どこかのお店で食べたものや、下手くそなこけし(私)、あるいはイケメンの同行者がみんなから「もも息子」と呼ばれていたことなら、覚えているかもしれません。


夕方、私たちは福島市民センターに戻りました。ここからはJICE東北支所のYSDさんの段取りで、みんないったん別れ、それぞれ別の地元のご家庭へ向かい、一晩のホームステイを体験します。

YSDさんがホストファミリーに連絡事項を伝えているところ。私は最後に引き取られた一人です。

数日前の夜、JICEからアンケートに記入するよう言われていました。そのなかに、「ホームステイで特に体験したいことはありますか?」という質問がありました。

これまで交流活動に参加したとき、日本でのホームステイはすでに何度か経験していました。私にとってホームステイは、もう「日本人の家に泊まる」というだけの新鮮な体験ではありません。だから私は、「普通の日本の家庭の、本当の一晩を体験したい」と書きました。

今振り返ると、かえって少し恥ずかしくなります。外国人がわざわざ自分の「普通の暮らし」を見に来たいと言ったら、もともとの普通は、たぶんもう普通ではいられません。何も特別なことはしなくていい、というのは、迎える側にとっては、いちばん厄介な注文なのかもしれません。

私を迎えてくれたのは、ご夫婦と、東京の大学に通っている息子さんでした。今回のホームステイのために、息子さんはわざわざ東京から福島へ帰ってきてくれたのです。それだけで、アンケートに「普通の一晩」と書いた自分が、本当に図々しく思えてきました。

夕食はお好み焼きでした。鉄板から細かな油の音がして、生地が少しずつ固まり、ソースを塗ると深い焦げ茶色に変わっていきます。食卓の話題も、だんだんと広がっていきました。

以前のホームステイと同じように、静かに質問に答えるだけになるのだろうと思っていました。ところがその晩は意外なほど盛り上がり、自分でも普段めったに聞かないような弾んだ声が口から飛び出して、次々とお互いの話を分かち合いました。それから息子さんとは、二人とも『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が好きで、『モンスターハンター』も遊んだことがある、という話もしました。

ホストママと息子さん

また、これまで知り合った日本の人たちとは違って、この一家は時事問題にとても関心がありました。夕食のあと、私たちは台湾と日本の暮らしの話から、両岸関係、台湾の政党、さらには政治や社会の問題に向き合うときの台湾と日本の考え方の違いまで、話を広げていきました。

夜九時を過ぎたころ、どこかに出かけて何かしようかという話になりました。ご家族は半分冗談めかして、福島の夜は連れて行けるような場所もあまりなくて、行けるとしたらお酒を飲むところくらいだと言います。ところが、あいにく私はお酒が飲めなくて……

結局、誰もどこへも出かけず、四人で家に残っておしゃべりを続けました。息子さんはそれが少し残念で、少し申し訳なくもあったようで、「本当に何もしなかったですね」と何度も言っていました。

でも私にとっては、それでちょうどよかったのです。数日前、私がアンケートに書いたのは、まさに「日本人の本当に普通の一晩を体験したい」だったのですから。

私が見たかったその「普通」は、それ自体が、この福島の旅のとても大切な一部だったのかもしれません。

災害はかつて、この場所を特別なものにしました。けれど私たちが本当に持ち帰るものは、いつの間にか、どれもこれ以上ないほど普通のことばかりになっていました。

ある場所が、ふたたびその日常によって人に覚えてもらえるようになったとき、それ自体がひとつの復興なのかもしれません。

《青年百億圓夢計畫|重生希望使者:九》- 福島篇

作者

CHS Li

發文日期

2026 - 09 - 19

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CHS Li

大家好,可以叫我鴕鳥。現為九州大學研究生。喜歡看電影、讀小說、偶爾去沒去過的地方走走。鴕鳥這個名字有兩個意思。一是跑得最快的兩足動物,一是不願正視現實的人。仍然不確定自己是哪一個。

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